安養・山本、路地から新都市へ
安養駅前のバス、市場の路地の荷車、山本の団地に届いた引越し荷物。1958年から2011年まで、100枚の写真に写る人と道をたどって安養と山本を歩きます。
最初の写真から見る1958〜1980年代
低い屋根と土の道の間
人々の服装、バスや小さな店、水辺に集まる住民。低い視点から、安養の昔の街を見つめます。
徳川村での一枚
1958年の徳川村で、大人と子どもたちがカメラを見つめています。一人は子どもを抱き、手前の子どもはチェック柄の服を着ています。背後の低い屋根と開けた土地から、当時の村の環境も見えてきます。
安養女子高校の開校
安養女子高校の開校を記録した室内の様子です。机に座った人々は、太極旗や横断幕のある正面を向いています。低い天井や窓際の椅子、並んだ机から、開校当時の校内の姿が伝わってきます。
遊園地の夏のプール
1967年の夏、安養遊園地のプールに人々が集まっています。水遊びをする人や縁に座る人の後ろに、テントが連なっています。水着姿の人々と山に囲まれた広い水面が、夏の余暇の風景を伝えています。
石水洞の道端で
旧石水1洞事務所前の通りに、小さな手押し車と人々が見えます。低い建物の青い扉の前では、子どもたちが立ったり道を眺めたりしています。商売の場所と住民の通り道が、すぐ隣り合っていた様子です。
茅葺き屋根の精肉店
茅葺き屋根の建物に「文化精肉店」の看板が掛かっています。窓に並ぶ肉、入口の人々、土の道を歩く通行人が一緒に写っています。昔ながらの屋根とガラスの陳列窓が共存する、街の商店の姿です。
ソウルへ向かうバス
安養とソウルを結ぶバスが、並木のある道路を走っています。対向車や道端の歩行者の向こうには、低い建物と空いた土地が見えます。バスの通る車道と人々の歩く場所が、近接していたことが分かります。
安養駅の市外バス
丸みのある車体の市外バスが、安養駅前に二台停まっています。バスの前には自転車や人々がいて、後ろには低い商店が続きます。待つ人や休む人と乗り物が近くに集まる、駅周辺の生活風景です。
栗木村の家と水辺
栗木村の低い家々の前を水路が流れています。水辺には身をかがめる人やさまざまな物が見え、家の間には洗濯物が掛かっています。住まいと水を使う場所が近かった、当時の集落の風景が残っています。
三元劇場交差点の道路
三元劇場交差点の広い道路に、バスや人々が見えます。商店の前には車が並び、道路の端には小さな標識が置かれています。劇場周辺の商業地と、車が行き交う大きな道の関係を読み取れる風景です。
聖堂へ続く街の道
安養4洞の聖堂周辺で、子どもたちが道端にいます。近くの店と電柱の間を道が曲がり、遠くには聖堂の尖塔が見えます。建物の間の空間や道路の端も、子どもたちの生活の場所になっていたことが伝わります。
国道での自転車競走
安養駅前の道路で、自転車競走が行われています。見物する人々の後ろには商店や街灯が続き、手前には車も写っています。日常の交通路が、競技を見守る場所へと変わった一場面を記録しています。
安養川の水辺の暮らし
1970年代の安養川の岸辺に、人々が集まっています。石や物が置かれた土手の近くで、身をかがめたり水に入ったりする姿が見えます。低い建物と山を背景に、川と街の暮らしが接していた風景です。
旧市場のそばの土道
安養1洞の旧市場地区では、小さな店が道沿いに続いています。道を横切る人や自転車、電柱の向こうの低い屋根が見えます。広くでこぼこした土の道が、店先と人々の移動する場所を緩やかにつないでいます。
石水洞の道路工事
石水2洞の中央路には、土の山や掘り返された地面が広がっています。人々は工事区間の間を通り、遠くには木や低い建物が続きます。道が完成する前から、そこを行き来していた人々の動線が見えてきます。
遊園地の水路に架かる橋
安養遊園地の水路に、低い橋が架かっています。橋の周囲や水辺には人々が散らばり、山と大きな木が景色を囲んでいます。向こう岸へ渡る道と水辺で休む場所が一つになった、遊園地の姿です。
中央路を整える人々
安養洞の中央路で、未舗装の区間に人々が立っています。工事車両や土の山の両側には建物が並び、道の先には山が見えます。道路整備の最中にも、店や歩行者の通り道が工事現場のそばに残っています。
縦看板の並ぶ安養1洞
安養1洞の狭い通りの両側に、縦長の看板が並んでいます。人々はでこぼこした道を歩き、店先には椅子や物が置かれています。頭上の電線とさまざまな看板が、小さな商店の集まる街の密度を伝えています。
博達路脇の排水工事
博達路の脇に、深く掘られた溝と大きなコンクリート管が見えます。作業する人々の後ろには、低い家や電柱が道に沿って続いています。車が通る道路のすぐ隣で、街の基盤を整えている現場の様子です。
安養3洞の小さな事務所
1973年の安養3洞事務所は、瓦屋根を載せた低い建物でした。入口の両側の表示や壁の標語、手前の自転車が目に入ります。住民が行政手続きに訪れた場所の大きさと外観を、近くから捉えた記録です。
写真館の向こうの屋根
博達洞の低い屋根が、画面の奥へと続いています。手前には写真館の看板と、店先に飾られた人物写真が見えます。通り沿いの小さな商いと、その背後に広がる住宅地が、一つの街を形づくっています。
南部市場の向こうの山
1980年代の南部市場の低い屋根の向こうに、大きな山が見えます。路地を歩く人々や軒下に出された物が、建物の間に小さく写っています。市場の高さや密度と、周囲の地形を一緒に見渡せる風景です。
買い物と行き来する道
道が変わっても足取りは続く
安養駅や市場、一番街、林谷村。異なる時点を並べ、看板や道の使われ方の変化を見比べます。
安養駅前、過去とその後
駅名と低い駅舎から同じ場所と確認できます。1964年の人物写真と1970年代の道路を含む写真では、撮影範囲が異なります.
ここでの現在は比較する写真のうち後の時点を指し、今日の姿ではありません。
安養駅前の外出姿
かばんを持った女性が安養駅の前に立っています。コートと靴を身につけた人物の後ろには、駅名と低い駅舎の入口が見えます。広く空いた駅前の空間が、一人の記念写真に当時の交通拠点の姿も残しています。
低い駅舎の前を通る車
1970年代、安養駅の前を一台の車が通っています。低い駅舎の後ろには山の輪郭がくっきり見え、広場には縦長の案内板が立っています。当時の駅前に広がっていた視界と道路の空間を確かめられる一枚です。
安養駅、過去とその後
市の撮影場所の記録で、どちらも安養駅と確認できます。1984年の低い駅舎と2005年の大きな建物を見比べます。
ここでの現在は比較する写真のうち後の時点を指し、今日の姿ではありません。
タクシーの待つ安養駅
1984年の安養駅前に、黄色や青色のタクシーが停まっています。低い駅舎の軒下には人々が集まり、背後には山が見えます。2005年の写真と並べると、建物の規模や駅前空間の違いがはっきり分かります。
大きくなった安養駅
2005年の安養駅は、ガラスと大きな壁面を持つ建物になっています。駅前の道路には車が続き、周囲には高い建物が立っています。1984年の低い駅舎の写真と比べると、同じ駅周辺の規模の変化がはっきり分かります。
安養一番街、過去とその後
安養市が同じ通りの二つの時点として公開した写真です。低い建物と行列のある道が、歩行空間と数階建ての店へ変わっています。
ここでの現在は比較する写真のうち後の時点を指し、今日の姿ではありません。
安養一番街を通る行列
1970年代の安養一番街を、家族計画の標語を掲げた行列が通っています。人々の後ろには低い店や電柱が見えます。公式記録に残る街頭運動の風景から、後の比較写真と建物や歩行空間の違いを見比べられます。
歩く空間になった安養一番街
2008年7月の安養一番街には、舗装された歩行空間と低い車止めが見えます。カフェや店の看板の間を人々が歩き、建物は数階建てになっています。行列の写る昔の写真と比べると、同じ通りの建物と使われ方が変わっています。
林谷村の入口、過去とその後
安養市の公式比較記録に収められた林谷村の入口です。土道と低い店の見えた場所に、舗装道路と高い商店が続きます。
ここでの現在は比較する写真のうち後の時点を指し、今日の姿ではありません。
未舗装だった林谷村の入口
1970年代の飛山1洞・林谷村の入口には、土の道と低い商店が続いていました。歩く人々の足元近くに、車輪の跡やでこぼこした路面が見えます。2000年の写真と比べると、舗装や建物の高さの変化が分かります。
舗装された林谷村の入口
2000年12月の林谷村入口には、舗装道路と数階建ての商店が見えます。両側に車が停まり、さまざまな業種の看板が続いています。1970年代の写真と比べると、土の道が変わり、建物が高くなったことが分かります。
南部市場周辺、過去とその後
両資料の原題が南部市場周辺を示しています。同一の撮影地点ではなく、広い土道と後の屋根付き入口の環境を比較します。
ここでの現在は比較する写真のうち後の時点を指し、今日の姿ではありません。
南部市場周辺の広い土道
1970年代の南部市場周辺には、広い土の道が延びています。低い店や電柱の間を人々が行き来し、道端には物が置かれています。市場へ向かう移動と店先の暮らしが、同じ道の上でつながっています。
南部市場入口の衣類と露店
2006年の南部市場入口には、衣類のラックや陳列台が道沿いに置かれています。屋根を支える構造物の下へ人々が入り、商店の大きな窓も見えます。土道の写る昔の写真と並べると、市場入口の変化を読み取れます。
中央市場、過去とその後
安養市が中央市場と記録した二つの時点です。撮影角度は異なりますが、露店と屋根の下の店舗から買い物空間の変化を見ます。
ここでの現在は比較する写真のうち後の時点を指し、今日の姿ではありません。
中央市場のパラソルと荷車
1970年代の中央市場には、パラソルの下に露店や荷車が並んでいます。大きな文字の看板が重なる通りを、人々が歩いています。商品を扱う場所が店の中だけでなく、道端まで広がっている様子が分かります。
屋根の下の中央市場
2006年の中央市場の内部には、食品や生活用品の店が続いています。狭い通路を人々が行き来し、商品や看板が目の高さ近くに並びます。古い市場の写真と比べると、屋根の下に集まった買い物空間が目に留まります。
市場の路地の陳列台
中央市場周辺の路地に、看板や陳列台が密に並んでいます。大きなパラソルの下には商品が置かれ、人々がその間を行き来します。上階の窓と一階の商店が一緒に写り、市場の建物の使われ方が見えてきます。
露店撤去の記録に写る通り
露店の撤去を記録した写真に、果物を載せた荷車や通行人が写っています。いくつもの看板の下に、店舗と露店、歩く人々が近く集まっています。整備の対象となった通りが、日常にどう使われていたかを示す場面です。
衣料品店の間を通る車
1996年の安養一番街では、商店の間を車が通っています。両側には衣料品店の看板が並び、人々は建物に近い端を歩いています。買い物をする場所と車の通行路が、同じ通りの幅の中に収まっています。
看板の重なる路地
安養一番街の路地の両側に、飲食店やさまざまな店の看板が重なっています。道には車が停まり、建物の間を電線が横切っています。限られた通りの幅に、多くの商売と移動手段が入り込んでいる様子です。
整備後の歩道と商店
露店整理後の通りには、商店前の歩道と車道が並んで見えます。大きな建物の横に小さな看板が重なり、道路には車が停まっています。整備の記録から、店や歩行者、車が占める空間を読み取れます。
山本市場入口の買い物
山本市場の看板の下に、店舗や露店が続いています。パラソルの下には商品が置かれ、人々が袋や荷物を持って行き来しています。入口の大きな表示と店ごとに異なる看板が、市場へ入る道を形づくっています。
山本駅歩道橋前の案内板
山本駅の歩道橋入口に、特徴的な形の案内施設が立っています。周囲にはベンチや街路樹、何階にも重なる店舗の看板があります。駅へ向かう道に、情報を得る場所と休憩する場所が一緒に設けられています。
山本の大型商業施設
2000年の山本で、大きな商業施設の前に車が停まっています。長く続く外壁にはいくつもの看板があり、横には連絡通路が設けられています。街の小さな店舗とは異なる規模で、買い物の場所が作られた姿です。
映画ポスターのある山本シネマ
山本シネマの外壁に、いくつもの映画ポスターが掲げられています。下の階には店の看板が続き、建物の隣には高いマンションが見えます。映画を楽しむ時間と買い物、住まいが近くにある街の風景です。
1988〜2002年
田畑の隣に新しい街が生まれる
川と鉄道の間の低い家、坪村の田畑、山本の団地の引越し荷物。上空の都市景観と地上の暮らしを合わせて紹介します。
安養1洞の低い家と団地
1988年の安養1洞で、低い屋根の後ろにマンションが並んでいます。住宅地の間には道路や空いた土地があり、遠くには山の稜線が続きます。高さの異なる住まいが、一つの地域に共存する姿を上空から捉えています。
鉄道沿いに広がる街
安養1洞を見下ろす写真で、何本もの線路が長く延びています。線路の両側には、低い住宅とより高い建物が集まっています。地上からは一度に見渡しにくい、鉄道と住宅地の近さが明らかになります。
坪村、過去とその後
両写真の撮影地が坪村と確認されています。同一地点や角度の比較ではなく、田畑とマンション中心の景観を地域単位で見比べます。
ここでの現在は比較する写真のうち後の時点を指し、今日の姿ではありません。
坪村の田畑とマンション
1988年の坪村には、区画に分かれた広い田畑が広がっています。手前にはすでにマンションが立ち、その向こうに農地が続いています。1999年の写真と合わせると、坪村地域の住宅風景が変わっていく方向を読み取れます。
坪村のマンションと緑地
1999年の坪村には、高いマンションと足元の緑地が一緒に見えます。建物の間の木々や道、川辺が住宅地の周囲をつないでいます。以前の田畑の写真とは撮影位置が異なりますが、同じ坪村の変わった住環境を示しています。
飛山2洞の道路と住宅
飛山2洞の低い住宅地の中に、高いマンションが立っています。曲がる道路や川の周囲に建物が集まり、奥にはさらに広い市街地が見えます。新しい住宅団地と既存の街が、どのようにつながっていたかを見渡せます。
飛山1洞の川と市街地
飛山1洞を見下ろすと、水路と広い河川敷が市街地を分けています。川の近くにはマンションが立ち、その向こうには低い建物が密集しています。水路を軸に、住宅の高さや密度が変化している様子が見えます。
安養7洞の建物と広い庭
安養7洞の複数の建物と広い敷地を、上から眺めた写真です。長い屋根の建物の間に、木々や空いた場所が区切られています。密集した住宅街とは異なる配置から、同じ都市の中でも多様な空間の使い方が見えてきます。
水路沿いに連なる屋根
安養7洞の水路の片側に、大きな屋根の建物が続いています。反対側の道路や橋、遠くのマンションも一緒に見えます。広い建物の敷地と住宅地、各地を結ぶ道が近くに置かれた、都市の構造を示しています。
安養2洞を横切る川
安養2洞の川が、画面の中央を長く流れています。片側にはマンションが立ち、もう片側には低い屋根が密に続いています。河川敷や橋の位置をたどると、両岸で異なる住宅地の姿を比較できます。
石水洞の鉄道と住宅
石水洞を通る線路の両側に、住宅やマンションが広がっています。直線の線路が画面を分け、その周囲を曲がりくねった街の道が埋めています。安養北部で、鉄道と住宅地が近く組み合わさる様子を示しています。
山本の団地に届いた荷物
1992年、山本のマンション前に家具を積んだトラックが停まっています。車と建物の入口の間に人々が集まり、近くには乗用車もあります。高層住宅の新しい風景を、生活用品と人々の動きから捉えた一枚です。
建設途中の山本
1995年の山本では、広い道路の周囲に商店と工事中の建物が並んでいます。山のふもとにはマンションが広がり、近くには空き地や建物の骨組みも残っています。入居した住宅地と、まだ整備中の商業空間が同じ画面に収まっています。
旧住公2団地の春
山本の旧住公2団地では、低いマンションの横に桜が咲いています。建物の間に草地や木々が続き、住宅地の中の空間を見せています。大きな道路の景色ではなく、家のすぐそばで出会う春を記録した写真です。
山本2洞の赤い屋根
山本2洞を見下ろすと、赤い屋根の低層団地が続いています。広い道路の向こうには別の形の住宅棟が並び、遠くには高い建物も見えます。一つの地域の中でも、住宅の高さや配置が異なっていることが分かります。
山本中心部の広い車道
山本の市庁前道路を記録した写真に、複数の車線と中央線が長く延びています。両側には商業ビルが立ち、道の奥には連絡通路が見えます。狭い路地とは異なる道路の幅に、新都市中心部の規模が表れています。
山の下に広がる山本新都市
2002年の山本新都市を、広く見渡した写真です。山の稜線の下にマンションが続き、手前では商店や緑地が区画を分けています。道路と建物、木々の配置から、新しい街の全体的な輪郭を確かめられます。
教室・遊び場・住民の空間
家の近くで学び、出会う
机を寄せた教室、砂の遊び場、碁盤と文化センター。山本・衿井生活圏の住民の日々を満たした場所を見ていきます。
団地前の光亭洞事務所
光亭洞事務所の開所を記録した写真に、曲線を持つ建物の外観が写っています。前には乗用車が停まり、すぐ後ろを高いマンションが囲んでいます。住宅団地の近くに置かれた行政施設の位置と規模が分かります。
見学に来た子どもたち
在宮洞の子どもたちが、見学の途中で講堂の赤い椅子に座っています。帽子をかぶった子どもや、前を向く後ろ姿が列になっています。舞台や通路、座席の並びが、団体見学の一場面を具体的に伝えています。
大きなモニターの前で
見学中の子どもたちが、大きなモニターの置かれた机を囲んでいます。案内する人の手振りに目を向け、机の近くへ身を乗り出す姿も見えます。厚みのある画面や机上の機器に、当時の事務空間の特徴が残っています。
机を寄せた教室
衿井中学校の生徒たちが、机を寄せて座っています。教師は生徒の間に立ち、机の上に目を向け、後ろには黒板や掲示物が見えます。制服や教材、向かい合う席の配置から、授業の具体的な様子が伝わります。
小さな机の出張窓口
修理洞の出張行政窓口で、人々が小さな机を挟んで書類を受け渡しています。壁の時計や太極旗、机の上の紙が簡素な仕事場を形づくっています。大きな窓口ではなく、向かい合って座り手続きをする場面です。
清掃の袋を広げる
修理洞の清掃活動に参加した人々が、木々の間に集まっています。帽子や軽い夏服を身につけた人たちが、袋を広げて周囲を片づけています。公園の緑と人々の手の動きから、活動の具体的な様子が伝わってきます。
団地の間のゲートボール
光亭洞の高齢者ゲートボール大会で、参加者たちが球の置かれた運動場に立っています。番号の付いたベストや帽子、長いスティックが見え、後ろには観客が座っています。団地近くの屋外空間が、住民のスポーツの場になっています。
山本2洞のユンノリ
山本2洞のユンノリ大会で、参加者が地面の盤を囲んでいます。座ったり身をかがめたりする人々の間に、盤や小さな駒が見えます。冬の上着を着た住民たちの姿勢に、一緒に遊びを見守る瞬間が表れています。
宮内洞の砂の遊び場
宮内洞の児童公園に、滑り台や木製の遊具が設置されています。砂地の横には散歩道が続き、後ろには高いマンションが立っています。住まいの近くで遊べるように整えられた場所の構成が分かります。
中央公園の広い運動場
山本中央公園の広い運動場の端に、小さなゴールや境界の杭が見えます。その向こうには、似た高さのマンションが並んでいます。住宅地の間に確保された広い空間が、運動や屋外活動を受け止める場所になっています。
梧琴洞の遊び場のベンチ
梧琴洞のマンションの間の遊び場に、ベンチや小さな遊具が置かれています。新しい葉の出た木や柵が砂地を囲んでいます。広い空間と端の休憩場所が組み合わされ、遊ぶ場所と休む場所を分けています。
碁盤を挟む参加者たち
山本の女性囲碁大会で、参加者が碁盤を置いたテーブルに向かい合って座っています。広い室内には同じ形の席が続き、周囲の人々も盤面を見ています。小さな石と盤を中心に、住民が時間を共有している場面です。
文化センターで手を取り合う
山本1洞の文化センターで、人々が向かい合って手を取っています。鏡やカーテンのある部屋で、普段着の参加者がいくつもの組に分かれています。街の室内空間が、一緒に体を動かして学ぶ場所として使われています。
青い運動着と床のマット
山本1洞文化センターの別の授業では、青い運動着の参加者が見えます。床の長いマットの上で体を曲げたり、立って動きを見たりしています。同じ文化センターでも、異なる体の動かし方や学びが行われています。
英語体験センターの教室
衿井小学校の英語体験センターに、何列もの座席が並んでいます。壁には英語の表示や絵があり、天井の照明の下に広い通路が見えます。人のいない室内写真から、新しい学習空間の配置や装飾を確かめられます。
配達の台車を引く人々
光亭洞の婦人会による乳酸菌飲料の配達活動で、二人が台車を運んでいます。緑のベスト姿で緩やかな通路を進み、横にはマンションや木が見えます。品物を届ける住民活動が、団地の中の移動として写っています。
余暇と住民行事
通りや運動場を人々が満たす
祭りや競技、食卓やお茶、絵を描く子ども。いつもの空間が、集まりの場所に変わる瞬間を集めました。
清掃活動に集まる人々
自然保護の清掃活動に集まった人々が、道沿いに長く並んでいます。同じような色の帽子や旗の間に、バスや行事の案内が見えます。活動前の集合風景から、屋外の団体行事での服装や空間の使い方を見て取れます。
運動場の民俗芸能
民俗芸術競演大会の出演者たちが、運動場に集まっています。白い衣装や太鼓、高い飾りの後ろには、観客席を埋める人々が見えます。広い競技場が、演じる場所と見守る場所に分かれて使われています。
街の道路を走る選手
1990年の駅伝大会の参加者が、安養中心部の道路を走っています。道端には人々が立ち、後ろには車や大会の横断幕が見えます。日常の交通空間に、競技と応援が同時に入り込んだ瞬間です。
キノコ形の遊具
安養遊園地の遊具に、子どもたちが座っています。大きな赤いキノコの飾りの下に、小さな座席が円形に並び、周囲を低い柵が囲んでいます。木々の多い遊園地の中に、子どもたちの遊ぶ場所が設けられています。
敬老行事の長い食卓
衿井洞の敬老行事で、人々が料理の並んだ長い食卓を囲んでいます。体を向け合って話す姿の後ろには、壇上や花飾りが見えます。手前の食卓に集まった住民の食事や交流を、近くから捉えた写真です。
一日だけの喫茶の場
光亭洞の婦人会が開いた一日喫茶で、人々がテーブルを囲んでいます。韓服姿の人がカップを置き、ソファや飾り棚も見えます。お茶を分かち合う席を通して、住民活動が室内での交流につながる様子を捉えています。
店の前に設けた祭りの舞台
安養一番街の祭りのために、大きな舞台が設けられています。公演を見る人々が道路に集まり、舞台の両側には普段の商店が見えます。日常の商業通りと、特別な行事の空間が一つの画面に重なっています。
通りを進む祭りの横断幕
安養一番街の祭りの名を記した横断幕が、路地を横切っています。行列の両側に人々が立ち、赤や黄色の店の看板が画面を埋めています。普段は商売の場である道が、参加者や見物人のための場所に変わっています。
広場を回るインラインスケート
インラインスケート大会の参加者が、広場の線に沿って体を傾けています。後ろには順番を待つ人や見物人、丸い屋根の施設が見えます。広く平らな広場が、車輪を使うスポーツの舞台になった場面です。
安養のホームゲーム
安養LGチータースのホームゲームで、選手たちがボールを追って走っています。グラウンドの後ろにはチーム名の大きな横断幕と観客が見えます。広告やユニフォーム、観客席が、地域のサッカー観戦の風景を残しています。
新しい千年を待つ夜
1999年最後の夜、安養の行事会場に多くの人々が集まっています。冬の上着や帽子を身につけた観客の後ろに、明るい店の看板が続きます。日常の商業空間が、年末の大きな集まりの場所になった瞬間です。
運動場に集まる住民
山本2洞と宮内洞の住民体育大会で、参加者が運動場の一角に集まっています。黄色い帽子や運動着の人々が体を動かし、後ろには校舎が見えます。学校の運動場が、住民行事のための広い共同空間として使われています。
夜も続く安養一番街
2001年の通り祭りの頃、安養一番街を人々が歩いています。明るい看板の下で、さまざまな服装の通行人が狭い道を埋めています。店の光と歩行者の動きから、夜の街の暮らしが見えてきます。
山本の赤い応援服
山本のレッドデビルズ応援団の発足行事に、赤い服を着た人々が集まっています。濡れた舗道に店の光が反射し、後ろには何階にも重なる看板が見えます。サッカーの応援仲間の集まりが、商業地の夜景に重なる場面です。
光る看板の下の夕方
2003年の安養一番街の夕方には、明るい店舗と看板が続いています。人々が店先を歩き、車も道の一部を占めています。昼とは違う色の照明の下で、買い物と移動が同じ通りで行われている風景です。
市場で絵を描く子ども
南部市場のお絵描き行事で、子どもたちが長い机を囲んでいます。商品を並べた店の間に、画材や紙が置かれ、後ろを人々が行き来しています。買い物の通路が、ひととき子どもたちの制作の場に変わっています。
南部市場の祭りの舞台
南部市場のスイカ祭りで、赤い舞台の上に公演が繰り広げられています。すぐ前には音響機器や観客がいて、後ろには普段の商店が見えます。商品を売買する通りの中に、演じる場所と見物する場所が設けられています。
1997〜2011年
花の道と夜の街、また歩く道
衿井駅の階段と桜道、山本のツツジ、看板の変わる商店。季節を楽しみ、道を手入れする人々の姿へと物語をつなぎます。
衿井駅へ上がる階段
1997年の衿井駅前では、色の付いた階段と歩道橋が目立っています。下の道路を乗用車やワゴン車が通り、駅の入口は高い位置にあります。車の道と鉄道を利用する人の道が、異なる高さでつながっています。
衿井駅の桜道のベビーカー
衿井駅近くの桜道で、人々がベビーカーを押して歩いています。花の咲いた木が頭上に続き、片側には展示物のある塀が見えます。日常の歩行路に、春の外出の動きが重なった場面です。
ツツジの丘と散歩道
山本のツツジの丘の斜面に、ピンク色の花が広く咲いています。花の間の道には人々が見え、後ろにはマンションが立っています。住宅地の近くの丘が、季節を楽しみながら歩く場所につながっています。
山本駅周辺の商店、過去とその後
市の看板整備前・進行記録を、中央の装飾と窓の配列で照合しました。2009年7月の昼と8月の夜で、光の条件の違いに注意して見比べます。
ここでの現在は比較する写真のうち後の時点を指し、今日の姿ではありません。
看板整備前の商業ビル
2009年7月、山本駅周辺の商業ビルには、色や大きさの異なる看板が各階に付いています。中央の尖った装飾と帯状の窓が外壁を区切っています。8月の夜景と同じ建物で、整備記録に残る看板の配置を比較できます。
一か月後のビルの夜景
2009年8月、同じ商業ビルの窓や看板に明かりがともっています。道路側の明るい店舗と街灯が、夜の建物の輪郭を照らしています。昼の写真とは光の条件が違うため、明るさより窓や看板の位置をたどって変化を見比べられます。
安養一番街の小さな噴水
2011年の安養一番街の中央に、小さな噴水と丸い施設物が見えます。歩行者は店の間の舗装された道を通り、建物には看板が続いています。通りの中央が、移動だけでなく視線を留める場所として整えられています。
旧ターミナル敷地を見下ろす
2011年の旧市外バスターミナル敷地には、青い屋根の大きな建物が見えます。横を曲がった道路と川が通り、向こう岸にはマンションが並んでいます。広い敷地と周辺の住宅地が、どの道でつながるかを上から見渡せます。
冬の夜の雪かき
衿井洞の商店前で、人々がシャベルを使って雪や氷を取り除いています。厚い上着と手袋を着けた参加者が身をかがめ、後ろを店の明かりが照らします。冬の歩く場所を確保するための、住民の奉仕活動の一場面です。
衿井駅前の清掃道具
衿井駅周辺の清掃活動に、ほうきやちり取りを持った人々が集まっています。黄色いベストの参加者が店先の歩道に立ち、横を通行人が通ります。毎日使う道を手入れする活動が、入口や商店の続く通りで行われています。